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ハイテクの国から来たモノクロ写真 ブルガリアと聞いて何を思い浮かべるだろうか? ヨーグルト、バラ、最近では琴欧州の故郷であるといったことだろうか。この人口750万ほどの東欧の小国は、実際の距離以上に多くの日本人にとっては容易に想像できない遠い国であるように思える。しかし、そのブルガリア共和国は実はヨーロッパでは他に例を見ないほどの親日的な国で、毎年秋には日本の芸術や伝統文化を紹介する日本文化月間が日本大使館主催で開催されている。16回目にあたる2005年度はその一環として “Fragments of Reality“ (現実の断片) と題された日本人写真家4人による写真展が首都ソフィアにある国立美術館で開催された。私もこの写真展に参加する機会を得て、自分にとって未知の国であったプリガリアを一度この目で見たいと思い、取材も兼ねて1ヶ月ほど訪れた。 今回この写真展に出品した写真家は、マツオカヒロ氏、雨宮一夫氏氏、望月正夫氏、そして私の4人で、全員がモノクロームで作品を制作している。マツオカ氏はヨーロッパを中心に活動しているドイツ在住の写真家で、この写真展の企画や準備に当たって中心的な役割を果たした人物である。展示作品は „Decenet Exposure“ 。日常の中で偶然に起きた瞬間的な像の重なりやリフレクションを捉えた作品は、時にシュールで時にドラマティックでヨーロッパ的な気品とウィットに溢れている。雨宮氏の展示作品は „Earth Works“。乾いた土のひび割れや水辺の砂の描く模様など地表の織りなす様々な姿を静謐な画面で捉えた作品は、プリントワークの美しさで際立った存在感を放っていた。望月氏の展示作品は、1970年代半ばに撮影された „Television“ のシリーズ。この作品は1枚の写真に大量のテレビ画面を位置をずらしながら多重露光の要領で撮影したもので、その時代の空気と作者自身の知的好奇心が重なり合って映し出されている。そして私は、8年前から数年間にわたって東欧の旧社会主義諸国の諸都市を旅して撮影した „Winterlicht“ のシリーズを展示した。この作品は東欧全体を一つの大きな地域として捉えたもので、ここに写された街々に程近い場所であるソフィアで展示することで人々がどのような反応をしてくれるのかが楽しみだった。 年代も作風も全く異なるこの4人が選定された基準として、「作品制作や展覧会活動を通じてヨーロッパと深いかかわりを持っていること」「モノクロームを表現の媒体として長年にわたり技術的かつ芸術的可能性を追求していること」「制作プロセスとして撮影以前にコンセプトがあり、それを撮影から暗室作業に至るまで手作業でまとめ上げていること」を、キューレーションにもかかわったマツオカ氏は挙げている。なるほど、確かにそれぞれスタンダードなモノクロームの技法を用いつつ独自の表現を貫いている写真家たちである。ここに私も参加できたことは、とてもうれしいことだった。 写真展のオープンニングの数日前にソフィアに着いた私は、さっそく街を撮り歩いた。ホテルを一歩出ると、街は何となく埃っぽい。老朽化が進んだ建物や、気をつけないと足を取られるでこぼこの道。至る所で改装や修復作業がされていて2年後のEU加盟に向けて着々と準備を進めているようだ。社会主義時代の巨大な建築物やモニュメントがそこかしこに残るなか、目抜き通りにはブランドショップなど思いのほかしゃれた店が立ち並び、若い女性も流行のファッションに身を包み華やかだ。しかし一歩裏通りに入ってみると、いまだ石畳の道を馬車が走り、数メートルごとにノラ猫に出くわし、東京ではもう見ることのないノラ犬は街を自由に歩き回り、しかし誰も彼らを邪険に扱うことはない。点在するオスマン朝時代のモスク、キリル文字の看板、教会の横でレースを編むお婆さんたち、カメラを向けるとはにかみながらも受け入れてくれる街の人々… 大らかで多国籍な魅力を持った街だ。ただカフェやレストランに立ち寄ると、庶民的な店からちょっと高級な店までどこでも大音響のアメリカンポップスが鳴り響いていることには閉口した。今はアメリカ的な文化が大量にブルガリアに入り込んできている時期なのだろう。新旧入り交じるソフィアはまさに大きな変化の渦中にあるようだった。 会場となった国立美術館は、そんなソフィアの中心に位置するかつて王宮だった壮麗な建物。内部はかなり老朽化が進んでいたが、それぞれ割り当てられたシャンデリアの光が灯る個室に作品が並ぶと、その古びた佇まいが歴史の重みを感じさせながらもモノクロームの作品郡と不思議な調和を醸し出していた。今回の展示は、国立美術館に写真部門の開設を提唱するボリス・ダイナイロフ館長とキューレーターのジャコヴァ女史の手により、ブルガリアの厳しい経済状況では決して贅沢にはとれない予算のなか、すべてのフレームやマットを新調し、44ページに及ぶ本格的なカタログを制作するなど力の入ったものとなった。とはいえ、はたしてどれくらいの人が私たちの写真を見に来てくれるのだろうか? そんな不安のなかで迎えた10月13日のオープニングは午後からの雨にもかかわらず、350人を超える入場者でメインホールは埋め尽くされていた。私もレセプションの壇上から押し寄せる人々の姿を目にした時にはにわかには信じられない思いだったが、現地では全く知られていないはずの我々の写真展に対する関心の高さが窺え、大変な熱気を持って迎えられたことが実感できた。館長と福井宏一郎・在ブルガリア日本大使の挨拶のあと、会場はなだれ込んだ観客たちと関係者の交流の場となり、国営テレビ2局やラジオ局、プレスのインタビューを交えながら、写真に対する積極的な質問や日本への関心が話題として飛び交った。 写真展を見た観客からは「恒久的なテーマを表現するのにモノクロームをうまく使用している」「プリントの制作技術のレベルの高さに驚いた」「自分も映像作品を制作しているが、たいへん強いインスピレーションを得た」「レトロなのにモダンだ」といった好意的な感想のほか、「なぜ現代作家名なのにデジタルやカラーを使用しないのか?」「日本人の作家なのにこの写真は日本的とはいえないのでは?」といった疑問や質問も寄せられた。また、後日、現地のプレスには、「一般にハイテクの国として知られる日本からやって来たこの4人の作家は、伝統的なモノクローム写真というシンプルなメディアを用い身近なテーマを複雑な表現に置き換えた。ある意味で日本的ともいえる彼らの表現は、ブルガリアの一般にも通じる言語を持っている」「まだブルガリアではあまり目にすることのない日本の現代写真家展は、その芸術性の高さと各々の作家の個人的な視点が交差する空間を作り出し、訪れる人々に忘れがたい印象を残した」「現代日本人作家の作品を集めたこの大規模な写真展は今後のブルガリアにおける写真展のあり方に一つの方向性を与えることに成功した」といった、たいへん好意的な批評が掲載された。 特にモノクロームの表現について反応が大きかったのは、2年後のEU加盟に向けて急激な社会の転換期にあるブルガリアの状況があるいは関係しているかもしれない。あらゆる分野でデジタル化に代表される現代的な新しさや経済的な利用性ばかりがもてはやされるなか、技術先進国日本の写真家がアナログ写真によってのみ可能になる表現を生かして「写真とは何か」という根本的な命題を、作品を通して静かに問いかけたことがブルガリアの人々に伝わったのではないだろうか。 この写真展はメディアでも大きく取り上げられ、10月13日から11月6日にかけて3週間わたり開催され、延べ2500人以上の入場者を集め好評のうちに終了した。EUへの加盟後、ブルガリアはどのように変わっていくのだろう? 新旧入り交じる現在のブルガリアの姿を自分なりに捉えた作品を近々発表することができればと思っている。 中藤毅彦 — Asahi Camera, January 2006
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